10年で変わったこと、変わらなかったこと
はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと」
子どもが2人から3人になった。
まずまず自分が母親になるなんて思ってなかったのに母になったのだからすでびっくりだった💦💦
それがまさかの3人目!!
今なら子だくさんな方になっちゃいますよね。
「国立社会保障・人口問題研究所」の資料を拝見すると、少し古いですがデータになりますが夫婦一組あたりの子どもの数は以下の通り。
1977年: 3人が23.8% 2人が57.0% 1人が11.0% 0人:3.0%
2015年: 3人が17.8% 2人が54.1% 1人が18.6% 0人:6.2%
第二次ベビーブーム(1971年-1974年)の余韻を残していた77年と比べるのは極端なことかもしれませんが、スゴク減ってしまって感情的に淋しいです。
一方ベビーブームとは関係なく、今の時代、一人一人ががんばっても結果を出しにくかったり、語りだしたら止まらない先行きの不安が大きかったり、厳しいコンプライアンスにさらされて…。
結婚や子どもをもうけることが高い高いハードルになってしまったなぁ…。って感じです。
私の身近な人にも大切な人だからこそ責任を持つと断言できなくて結婚しなかった人がいます。
私自身もダンナ(発達障害)との将来に不安しか描けなくて自分の腹をくくるのに時間がかかってしまい、約4年求婚された結果、結婚したのは30才の誕生日…私にしたら締切日でした(笑)
いつも登場してる97才の祖母の時代は…
羽釜いっぱいのサツマイモを蒸しておいて、腹が減ったらそれを勝手に食う。
子どもたちは農繫期の休み(休校)があって立派な働き手としてたくましい父の背中を見ながらともに働いていたそうです。
今の父は…はい、ダンナ(元鍵っ子)は…。
家にいる間は布団と友達♡
ゲームが大好き♡
子どもなんかに貸さないぞ♡
力を発揮するところを見られるのは趣味のランニング(-_-;)
仕事の結果はATMで。。。
…淋しくなってきたのでここらで話題替えます。
仕事をするようになった。
子どもがある程度大きくなったので仕事をボチボチ始めました。
結婚するときから家計を支える片輪になれないことを不安に思っていたので、少しでも仕事ができることがうれしいし、自由を感じます。
でも、それはそれでもっともっとと欲が出てくるし、子どもの成長とともに出費も増えるから生活レベルが上がらない…どうにかしなきゃ!!
でも、発達障害の家族と介護が必要な祖母…在宅でなんとかやっていく道を模索中です。
悪あがきするだけなら低コストなんで!
豪雨災害がおこるようになった
数年前にこちらでも豪雨災害に見舞われました。
命に関わる状況が私のご近所にもアチコチでおこりました。
私も土砂に埋もれた友人宅の土砂かきに行ったり、避難所に食べ物を持って行ったり…。
土埃は黄砂のようにダンプカーなどで舞い上がり、そこら中を水没させた汚水のせいかそこら中悪臭がどことなく漂い、土砂置き場の近辺ではさらにひどいものでした。
最悪なのは土砂置き場が我が子が通う保育園の前のグラウンドだったことです!!!
口を押え、グラウンド横を走って保育園に走っていく…。
園児はしばらく園庭で遊ぶことすらできませんでした。
検討の時間すらなかったんでしょうが…。
話が随分それましたが、またそれは改めて書くこととします。
とにかく、今はどこに住んでも安心安全が言えなくなってしまって落ち着かないですよね。
今言われているSDGS…それが環境保全に繋がっていけばいいですが…わかっている人、心に響いている人はわずかですよね。
…もっと日本語で伝え、かみ砕いて身近にする策はいくつもあるはずですが。。。
やってますよ、ってのをアピールしたり環境ビジネスになっているようにしか見えないのは私だけでしょうか?
本当に一人でも多くの人が心穏やかに暮らせたらと心から思っています。
変わらなかったのは…自分
子どもの頃、おばちゃんになったら「大仏パーマ」になって、お腹は樽になるんだと思っていました(笑)
オバタリアンってワードが巷にありましたよね^m^
ただ、自分がそんな風になるなんて、そこまで悪趣味になるなんて…嘘だろう??
と思っていました。
さて、現実はなんも変わっていません。。。。
いまだに髪も染めず、パーマすらあてたこともありません。
お腹も樽にはなってないし( ̄ー ̄)ニヤリ
あと。
自分が子どもの頃つらかったこともあって、絶対に子どもの気持ちを忘れない、子どもの上にふんぞり返るような大人にはならない!!と思っていましたが…
これは叶いました(*^^*)
というか、私が子供の気持ちをないがしろにするような大人が、子ども同士でも気持ちをないがしろにするような子どもが大嫌いだからです。
1人1人大切な独立した人間であり、誰かの大切な人。
何もかも人ごとにできないのは私の面倒くさいところかもしれませんが、理不尽な事件が増えたり、子ども同士でも心の乏しいようなやり取りをよく耳にするので、これからもこの気持ちは捨てる気はありません。
…できないだけかな。